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このページは、ホームの中のはじめての介護の中の希望の一口応援隊の中の第4回 みんなの台所--地域の食支援ステーションとして--のページです。

猪原光先生の希望の一口応援隊猪原光先生の希望の一口応援隊

人には思い出の味がある。
例えば、ふと思い出す母のおむすびや、母の後姿と一緒に思いだす、甘い玉子焼き。
その時の光景と共に思い出す故郷の味…

メロンを抱えての訪問診療

忘れられない患者さんがいる。「食事量がおちてきている」と主治医の先生からご紹介を受けた方だった。
初診時にお会いすると、口数の少ない方だった。遠い目をして、ぼそりと言われた。
『こんな老いぼれ、生きていてもしょうがない。』

ふと、ご家族の言葉を思い出した。
「退院後、初めてのデイサービスに行く時に、一人でそっと鏡の前で義歯をいれていたけど、アゴがだいぶ痩せてしまい、合わなくてがっかりしている様子でした。」それ以来、大好きなデイサービスで水も食事もとらなくなってしまったという。

もしかしたら、歯がない自分の姿を、他人に見られたくないのではないか…。
『そうだ、この方にもう一度笑顔を、尊厳を取り戻せる義歯を作れないだろうか…』

主治医の先生からのお話では、現在の体調を考えると、持ったとしてもあと数か月…
今作り始めたとしても、義歯ができあがるまでは、命が持たないかもしれない。歯科治療を行うことで、ご本人に更なる大きな負担がかかるかもしれない。それでもご本人と相談し、思い切って義歯の新作製に踏み切った。

治療を続ける間、食べやすい食事の提案をし、その中で高カロリーのゼリーをメニューに追加してもらった。色々な味のあるエンジョイゼリーは『美味しい』とご本人のお気に入りだった。
ちょうど暑い夏の時期ということもあり、のど越しのいいゼリーは食べやすいようだった。

不思議と治療の回数を重ねるごとにご本人の表情がよくなっていき、食事への意欲もでてきた。
ご家族からのお話だと『少しでも食べないと、生きるためにな。先生も心配されるから。』
そう言いながら一口、また一口と、ゼリーを口にされていたという。

いよいよ待ちに待った義歯完成の日、義歯を入れて差し上げると満面の笑みがひろがった。思わず、こちらも涙がこぼれそうになる。
次の診療でお伺いした時には、さらに表情が良くなり、『義歯を入れてからは“男前”と皆さんに言われるようになった。』と、照れくさそうに話してくださった。

しかし、その時は刻一刻と近づいてきていた。あとから思い返すと、新しい義歯を装着できたのは、亡くなる2週間前。
義歯の調整に伺う毎に、目に見えて食欲は落ちてきており、数口のメロンとエンジョイゼリーを口にされるのみとなっていた。歯科が頻繁に伺うと、逆にご本人の負担になってしまわないかと思ったが、『先生が来るからちゃんと何か食べないと・・心配されるから。』というご本人の思いをご家族がそっと教えてくださった。

そうだ!メロン1玉持って訪問治療に行こう。男前記念に一緒にメロンを食べよう。
メロンを抱えていく歯医者なんて聞いたことないけど、そんな歯医者がいてもいいじゃないか!

次回の訪問時、私はメロンを持って診療に伺い、一緒にメロンを頬張った。
せっかくだからと男前の姿で家族と一緒に写真を撮って差しあげた。それが最後の写真となった。メロン1玉がなくなるころ、眠るように旅立たれたからだ。

この患者さんとの出会いは誰かの『尊厳をサポートする義歯』があることを歯科医師として教わった、素晴らしい経験となった。


桜餅への思い

当院は、介護や医療の多職種から食にまつわるたくさんのご依頼をいただく。
夏になって食事量が落ちてきた、水分をあまり摂ってくれない、何度も窒息しかけた、どんなものが食べやすいかわからないといったものだ。

中にはターミナル(終末期)の患者さんのご相談も、主治医の先生からいただく。「厳しい状況だが、最後少しでも食べてもらいたい。何かよい方法はないでしょうか?」と。

そんな時、助けになるのが、高カロリーのエンジョイゼリーだ。だんだん食事量が落ちてきた、もうたくさんは食べられない。そのような中、食事を摂りやすい姿勢をつくってあげて、食べやすい環境を整える。そして、一口また一口とそっと口に運んでさしあげる。

特に特別感があるのが“さくらもち”味。
お口の中に広がる桜餅の味は希望の一口となる。『あ・・・美味しい。久しぶりの桜餅だ』
美味しそうにゆっくりと口元が動く。その側でご家族がそっと涙をふく。
「よかったね、美味しいね、桜餅なんて何年かぶりだね。」

『嬉しいな、明日は何の味を食べようかな…』
このような思いをはせながら、翌日に旅立たれた患者さんもおられた。

お餅を食べたい、和菓子を食べたい、そんな夢はとうの昔にあきらめていた方にとって、“さくらもち”味というのはすごくいい。同じ補助栄養ゼリーでも夢があるのだ。

「大好物を最後まで…」「明日は何を食べようか…」美味しいものに思いをはせながらその時を迎えられたら、幸せだ。

歯科医院にキッチンがある!?

当院の入口をくぐると待合室の一角に大きなオープンキッチンがある。

初めての患者さん方は『えっ?台所?ここ歯医者さんよね!?』ととても驚かれる。
当院のモットーは“大好物を最後まで”。徹底した食支援に力をいれているからこその設備である。

歯科に来る患者さんには、食べることに困って来られる方が多い。よくよくお話をお聞きすると、驚いたことに高齢者には栄養が全く足りていない人が多いのだ。その上、義歯の不具合があるだけでも、ずいぶんと食べにくくなってしまう。

どんなものが義歯で食べやすいのか?
どんな食材が飲み込みやすいのか?
食べる支援のチーム内には、言語聴覚士や管理栄養士がいて、外来と訪問診療の両方でサポートに入る。

食べられるお口を作る歯科、食べる機能を評価しリハビリする言語聴覚士、食べやすい食材の調理方法を教えてくれる管理栄養士、チームが一丸となって、毎日の『美味しい』をサポートする。

今日も医院の台所ではいい香りがする。患者さん方に色々な食の提案を行うのだ。地域における“みんなの台所”として、介護・医療多職種の皆さんにむけて色々な企画を行ったり、全国から講師の先生に来ていただいたりしながら、地域の皆さんと一緒に共有していく。

地域の食支援ステーションとして、“みんなの台所”からこれからもたくさんの「美味しい」をサポートしていきたい。

猪原歯科・リハビリテーション科(広島県・福山市)

「食べる支援」を目標とし、外来と訪問診療部の両輪で、生涯を通じての、かかりつけ歯科医を目指している。

歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、事務スタッフ以外に、内科医師、言語聴覚士、管理栄養士などの多職種が集う、全国的にも珍しい、不思議な歯科医院。


中に入ると一番に目につくのはオープンキッチン。
待合い室の一角にあるこのキッチンは、『大好物を最期まで』を目標とした、食べる支援を行っていきたい、という想いがこめられている。

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