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中村育子栄養士の訪問栄養指導レポート中村育子栄養士の訪問栄養指導レポート

皆さんこんにちは。今回は3月に起こった東日本大震災関連についてお話致します。
福岡クリニックは東京都足立区にありますので、計画停電は毎日施行されました。大震災後、在宅訪問栄養指導を通して在宅患者さんとどのように接したかお話し致します。

地震当日

私自身は大地震が起こった時、古い都営団地の1階の部屋の車椅子の1人暮らしの患者さんと2人で地震に遭遇しました。大きな地震が来たとき、まずは車椅子の出口を確保するため、玄関のドアを開けに走りましたが、揺れがひどく、ドアにしがみついていないと外に放り出されそうでした。自分自身も大きな地震でびっくりしましたが、患者さんを元気づけるため、大きな地震だけどもうすぐ終わるからね、など声をかけていました。あまり患者さんの方ばかり見ていられる状況ではなく、地震が治まり、ようやく患者さんの方を見てみると、車椅子の患者さんの上には蛍光灯や、くくりつけの扇風機、倒れてきそうな本棚があり、大変危ない場所でした。地震のときには地面が揺れるため、車椅子ではどんなに危険な場所でも自分で逃げることができないことに気がついて反省しました。
1回目の地震の後、しばらく患者さんとテレビをつけて地震のニュースを見ていました。「東京が震源地だと思ったけど、違うんだね」などと話し、患者さんが落ち着くのを確認してから、はんてんを患者さんの頭からかぶせ、安全な場所へ移動しました。その後はグループホームに行く予定だったので、水道や電気、ガスが出るのを確かめて、患者さん宅を後にしました。

グループホームへ行ってみると、リビングにみんな集まってテレビを見ていました。余震が多い中、利用者さん達も不安そうでした。私も「余震で車の運転が怖いから泊まっていこうかな」と言うと、みんながそうしなよと言ってくれたのがうれしかったです。その後福岡クリニック在宅部に戻ってみると、私の机の上のファイルが全部倒れて、マグカップが割れていました。

地震の影響

震災後の訪問では、高層マンションが停電のため、階段で10階まで上がったり、信号機のついていない道を車で走ったり、私自身も不安や危険が大きかったです。
また食料状況も悪化し、買占め等の影響によるスーパー、コンビニの食料の品薄は、直接在宅患者さんの食事に影響を及ぼしました。毎日飲んでいる牛乳が飲めない、余震が続いて眠れない、停電で水も出ない、寒い、大好きなテレビが見られないなど、患者さんの不安や不満は大変大きかったです。私はコンビニに来る配送の時間を店員さんから聞きだし、患者さんのヘルパーや家族に教え、配送時間に合わせて行くよう伝えました。スーパーとは違い、コンビニでは1日に何回か配送があるので、その直後に行くと牛乳、卵、パン、おにぎりなども手に入りやすいのでした。こういう食支援は在宅栄養士ならではだなと思いました。スーパーの前に長い行列ができ、その行列に並ばないとほしい物が手に入らない状態がもっと長く続いていたら、在宅高齢者は東京においても低栄養になっていったでしょう。

石巻市でのボランティア

地震から1ヶ月後、日本栄養士会からの依頼で、宮城県石巻市の避難所でボランティア活動を行ってきました。

東京から、バスで6時間かけて仙台に向かいました。仙台から石巻までは車で1時間かかり、避難所には夕方5時に到着しました。避難所の夕食の様子を見学し、宿舎に行きました。ボランティアの食事は各個人で調達する必要がありましたが、宿舎ではすでに入浴もできるようになっていました。

まずは避難所の様子です。この避難所は病院から退院した要介護高齢者の方々が入所することが多く、120人中90人は高齢者でした。誤嚥する危険性のある、摂食・嚥下障害を持つ人はいませんでしたが、入れ歯を波にさらわれたり、避難所で紛失したりと、普段の食事が出来ない人がいました。主食のみおかゆの方は20人、おかゆ+きざみ2人、おかゆ+きざみ(とろみ)2人と、人により食事の内容を変えました。

今回活動の中心だった遊楽館は、内陸に位置しています。ここは津波の被害が及ばなかったので車両も通行でき、物資もかなりありましたが、逆に海側の避難所は支援物資が少ないようでした。介護食やプロテイン粉末などを持って行ったので、使っていただけるように渡しました。
食事は、基本的には1日におにぎりが3個、パンが2個、石巻市から提供されていました。

それ以外にボランティアの炊き出しとして、朝は味噌汁や魚の缶詰、昼にはサラダ、玉子焼き、夕飯には温かいごはんや味噌汁などを配っていました。支援物資の中から、賞味期限の短いものを優先的に使っていく必要があるので、栄養士はそれをどうやって献立に組み込んでいくのかを考えて、炊き出しのボランティアに指示を出していきます。中には単独で使いにくい物や味のとても濃い缶詰などもありましたが、アイデアを出しながら工夫して順次使用していきました。

業務用の冷蔵冷凍庫を購入することができたのと、生協の宅配が利用できる事になったので、食事内容の改善もされました。避難所の入所者さんへの聞き取り調査で『一番食べたい物』は『野菜』が多く、具体的にほうれん草のおひたし、トマト、きゅうりの酢の物、漬物、野菜の煮物、生野菜サラダなどでした。調理ボランティアも全国から来るので、京都の人がメインを担当すると京都風になるというところがおもしろかったですが、やはり地元の人が作ったものや郷土料理は人気がありました。また自分で料理したいという希望もありました。

3時になるとおやつの時間で、おやつが配られます。ビスケットやチョコレートなどですが、元気な方は喫茶コーナーにいって食べることもできました。
そこで人なっつこく話をしてくれた高校生の女の子は、毎日石巻に来ている芸能人を見に行き、その話をしてくれました。何となく暗いムードが漂う中で、女の子がその話をすると、高齢者のおばあちゃんも、石原軍団見たいねぇなどと話が盛り上がりました。

今回の災害派遣は栄養士だけでなく、医師、薬剤師、リハビリ、歯科医師の皆さんとチームで動けたのがとてもよかったと思います。また大震災による心のケアと食事の問題は深く結びついています。環境の大きな変化により食事を摂らない方もいましたので、早急な対応が必要でしょう。今回のボランティアは震災から1か月後に行ったため、食事の偏りによる低栄養の問題が大きくなっており、改めて食の大切さを強く感じました。在宅訪問栄養士にとって、避難所にいる被災者の方は在宅高齢者なので、いつも接している安心感があります。世間話をしているようで、食事の問題点を探している聞き取り方法は、役に立ったのではないかと思います。被災者の皆さんがこの避難所を出て、自分の希望する生活が出来るようになる日が1日も早く来ることを祈りたいと思います。

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