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このページは、ホームの中の食事と介護の中の希望の一口応援隊の中の第2回 もう一度お口から食べたい(後編)のページです。

猪原光先生の希望の一口応援隊猪原光先生の希望の一口応援隊

カランカランと涼しげな音がする。
旦那さんが小さなちゃぶ台でお茶にとろみをつけ、混ぜる。
にこやかにベッドから眺める奥さんのまなざしと共に穏やかな時間が流れる。

愛情のとろみ茶

脳梗塞発症後、ひどい誤嚥性肺炎になったのをきっかけに禁食になっていた患者さんと旦那さんの「もう一度食べたい」という願いを叶えるために、多職種のスタッフが連携してリハビリをお手伝いしていた。

順調に嚥下リハビリも進み、次のステップを決めるためご自宅で嚥下内視鏡検査を行う。

検査の結果、ゼリーを食べることは可能だが、喉に少量のゼリーが残留してしまうことがわかったので、安全のために、とろみのついたお茶とゼリーを交互に食べていただこうということになった。

しかし、ここで大きな壁にぶつかった。
それは「とろみの調整」である。

旦那さんのような高齢の介助者にとって、リハビリ食のとろみづけは意外と難しい。ダマになってしまたり、毎回濃度が異なってしまうことがある。

几帳面な旦那さんは、自分がつけるとろみの具合に不安を抱いていた。
「やはり自分にはうまくつけられないのではないか・・・」
当院の言語聴覚士が通いアドバイスすることで、安全なとろみをつけられるようになった。

たった一口のゼリーを食べるために次々と思わぬ壁にぶつかったが、旦那さんはその壁をひとつひとつ乗り越えてくれた。

選ぶ幸せ作戦

炭鉱で鍛えた旦那さんの温かな手で優しく口元に運ばれるゼリーととろみ茶。

「美味しいか、ちゃんと飲めたか?」

そう旦那さんが聞くと、返事の代わりににっこりと奥さんが笑う。

素敵なアイコンタクトをご夫婦でかわしながら一口一口丁寧に介助される。なんとも、すい込まれそうな幸せな空間だった。

ご夫婦の二人三脚のおかげで、食べるリハビリは順調に進んでいった。

数か月後、1回に食べる量も増やすことができそうなので、大きめのゼリーに挑戦することにした。
次なる挑戦へのモチベーションアップのための作戦は

「選ぶ幸せ作戦」だ。

作戦初日、「エンジョイカップゼリー」全6種類の味をお持ちした。
そっとご本人の前に並べる。

一瞬驚いた表情をされ、『この中から本当に選んでもいいの?』と小さい声で言った。

どの味にしようかと、奥さんはずいぶんと悩んでいたが、満面の笑みで選んでいた。

たくさん悩んでいちご味を選んだ。

そのふたをそっと開けてあげると、
ふわーっと香るいちごの香り。その香りに包まれながら、選ぶ楽しさという小さな幸せをみんなで喜んだ。

誰が届けるのか?

「選ぶ幸せ作戦」は大成功だったが、ここでまた思わぬ壁にぶち当たった。

どうやってこのゼリーを、ご夫婦の手に届けようか・・・
多くの介護食や嚥下食は通販対応になっており、簡単にスーパーでは手に入らない。インターネットやFAXでの注文が必要だ。

もちろん、各メーカーは、できるだけ簡単に注文できるよう工夫を行っている。しかしながら、それでもご高齢のご夫婦にとっては、実にハードルが高いことなのだ。購入段階で挫折をする方、継続できない方がかなり多い。

さて、困った。在宅多職種で構成されるのチームのメンバーに相談をしてみた。

ありがたいことに手をあげてくれた職種がいた。

「街の薬屋さん」だった。
訪問薬剤師という非常に専門性の高い分野で、私達の食べる支援をいつもサポートしてくださっている。また、薬の飲み方についても、いつも一緒に協働させていただいている。

今回、「薬と一緒にゼリーを取り寄せて運びましょう。」と言ってくださった。本当にありがたかった。

薬を届けながら冷蔵庫にあるゼリーの在庫を確認してくれた。ご高齢の旦那さんにとっては本当に大きな助けになった。

もう一度歌いたい

当院の言語聴覚士は、お一人お一人の人生の物語を聴きながらリハビリメニューを組み立てる。

もう一度食べるためにリハビリを続ける中で、何度もご本人の気持ちがついてこなくなる時があった。

そんな時、小さな光になってくれたのが「歌」だった。

嚥下リハビリとして、歌を歌うことをリハビリメニューに入れた。
歌は、口や舌を大きく動かし、呼吸も強化できる。
もちろん、喉の筋力も鍛えられるので、リハビリにはぴったりのメニューだ。
失語もひどく、笑顔もなかった初診時からすると、だいぶ笑顔もでてきていた。

もう一度旦那さんと一緒に、大好きな歌である「さざんかの宿」を歌いたい。

ずっと大事にされていた古い楽譜を旦那さんが出してくれた。
それを見ながら毎回、練習をする。

だんだん声が出てきた。
その姿を見ながら、旦那さんも自然と嬉しそうに一緒に口ずさむ。
もう一度夫婦でデュエットするという夢が叶った、なんとも幸せな時間だ。

幸せの在宅NSTカンファ

色々な壁にぶつかる時、力強く支えてくれるのが、在宅多職種チームのメンバーだ。
医師、歯科医師、看護師、管理栄養士、薬剤師、歯科衛生士、リハビリスタッフなど多職種で知識を出し合って、特に患者さんの栄養面をサポートするチームのことをNutrition Support Team、略してNSTという。

この日は在宅多職種チームのみなさんとNSTカンファレンス&ラウンドを行った。

それぞれの職種から悩んでいることを出し合い、カンファレンスを行う。
その後、その検討した患者さんの家にみんなで訪問する。

ご本人・ご家族の中には、この訪問を楽しみにされている方が多い。
いつもは個々にくるメンバーが一堂に会し、患者さんのベッドサイドへ。

一堂に会することによって、患者さんも、医療・介護多職種メンバーも、あらためて
こんなにも沢山の人たちが関わっているのだということを実感する。
温かい不思議な雰囲気が漂う。

せっかくなので最後にみんなで記念撮影をした。
小さなお部屋におかれたベッドのまわりにみんなでひしめき合ってポーズ・・・

なんとも幸せな記念撮影となった。

もう一度自分の手で食べたい

自分でスプーンをお口に運ぶ。
この当たり前に見える、たったひとさじのゼリーを食べるまでに、本当に長い道のりだった。

この日は、数年ぶりにご自分で食べられた。

見守るメンバーも思わず目頭が熱くなる。

脳梗塞で倒れてから、数年ぶりに自分で食べる幸せ。

ご本人の満面の笑みと幸せの一口を見守りながら私達にも大きな喜びの時間となった。

一口のゼリーを自分で食べる。
たったこれだけのことだが、多くのハードルがあった。

それをひとつひとつ、ご夫婦で乗り越えられた。

「妻が脳梗塞に倒れて介護になった。80才を超えて飯を炊くことを覚えた・・・。
洗濯を初めてした・・・。
なんて、大変なことをしてくれていたのだ、
ありがたいな・・・としみじみ実感した。
妻が倒れなかったら、こんな気持ちにならなかったかもしれない。
だから恩返しの意味もこめて
一緒にがんばっていこうと思うんだよ。
みなさんこれからも助けてくださいよ。頼んだよ。」

奥さんが自分で美味しそうにゼリーを口に運ぶ姿を見ながら、
しみじみ旦那さんがそう言われた。

傍らで寄り添いながら胸がいっぱいになった。

「希望の一口応援隊!」
今日も在宅へ、施設へ、病院へ
幸せの一口サポートのために元気に出動中!!

猪原歯科・リハビリテーション科(広島県・福山市)

「食べる支援」を目標とし、外来と訪問診療部の両輪で、生涯を通じての、かかりつけ歯科医を目指している。

歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、事務スタッフ以外に、内科医師、言語聴覚士、管理栄養士などの多職種が集う、全国的にも珍しい、不思議な歯科医院。


中に入ると一番に目につくのはオープンキッチン。
待合い室の一角にあるこのキッチンは、『大好物を最期まで』を目標とした、食べる支援を行っていきたい、という想いがこめられている。

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